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パチスロの珍しい攻略

ダービーは、その馬に関わった人たち、そして競馬ファン全員に夢を与える。
それだけに一番人気の馬には、プレッシャーがかかる。

レースが終わって、タニノギムレットが勝ったことは見ていてわかっていましたが、しばらくは、なにも考えられなかった。
ほっとした気持ちがいっぱいで、本当によかったな、とは思うんですが、それだけ。 ダービーを勝った、というような爆発的な喜びとか、興奮はありませんでした。
それが夜になり、もう一度事実を確かめ、まちがいないとわかり、それからじわじわ喜びが体に伝わっていきました。 牧場でもそういう経験をした人もけっこういて、夜に祝電を見たり、翌日近隣の牧場から花束を送ってきたのを見て、ようやくダービーの勝利を実感した者もいたみたいですね。

競馬のストーリーを、ホースメンヘの取材で構成するという方法をとって、十年になる。
以来この姿勢は変えない。その中に事実があり、勝負の真実があるからだ。 ただ平成年間ダービーの名馬、名勝負をあつかうとなると、華はほとんど西にある。
取材は必然的に栗東トレセンにかたよる。 また取材対象のオーナーや調教師が、同じ日に時間があいているわけではない。
したがって、日数も取材費もかかる。時間も追われる。でもそれはつらいものではなく、嬉しい悲鳴とでもいうのか、ひとつも苦にならない。
ハプニングもある。平成十六年十一月にM・K調教師に会う予定をしていたその週に、キングカメハメハの故障が発生し、会見はキャンセルになった。 それを言う電話口の師の動揺が、手にとるように伝わってきた。
このため一度はこの人の取材を諦めたが、三年の間(平成十四年、十六年)に二頭のダービー馬をおくった調教師の秘密はどうしても聞きたい。 またかねてから一度は会って話したいと思っていた人なので、再度のチャンスを得た。
実際に話を聞いてみて、想像通りのすばらしい調教師だった。 A・K騎手はごく親しいので、取材の許可は問題ないのだが、日本中を飛びまわる人だから、どこでつかまえるかは苦労する。
今回はできれば私が栗東に行く日にと思った。 が、当日は栗東にいず、逆に前日にA騎手自身が、関東、大井競馬場に乗りに来るという。
であればわたし自身が西に行く前にと、すぐ彼と大井サイドの許可をとり、大井競馬場へ急行した。 O・N騎手も、取材許可を申し込む電話をすると、数日後に小倉競馬に出張とのこと。

時間は当日しかなく、それではと即刻、自宅(埼玉県上尾市)から、O騎手の家がある、美浦トレセンの近くまで、車で飛ばした。 会ってみて、やはり思っていた通りの人柄だった。
W・S、K・M両調教師は、引退した方だから、時間があると思ったら、K師など現在も公営競馬に関連して、現役時より多忙なのだから、驚いた。
Tオーナーは、「T企画」の社長の座はすでに子息に譲った身だが、実際はまだ現役で、多忙な日々を過ごしている。 その中から、貴重な時間をとってもらった。
Y・Tさんの取材は、当日わたし自身が体調をくずし、失礼してしまった。 ただこの人とK・S現調教師は、以前に取材してあったので、カバーできた。
というように、取材はさまざまなことがあるが、常にいい記憶として残る。 そのたびに厩舎人の競馬にたいする一途な思いが伝わる。

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